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室町時代に足利幕府は戦で死傷した人々の菩提を弔い、幕府の威信を示して民心をつかむため全国66ヶ国に1寺1塔を建てました。その1つが茅野市宮川の泰平山安国禅寺です。
夢窓(むそう)国師疎石(そせき)を開山とし、また当時幕府の奉行人として活躍していた諏訪円忠のはたらきによって、1345年頃に建てられました。しかし、文明14年(1482)6月の宮川の洪水により、寺域はすべて砂礫と化し、寺領、御教書、寺宝にいたるまですべて流失してしまいました。その後諏訪頼満により再建されましたが、衰退の一途をたどり、また戦国時代には宮川を境にして武田勢と高遠勢が安国寺を戦場として戦っているので荒廃しました。
 その後、江戸時代の安永年間(1772〜1781)に諏訪氏の庇護を受け現在の地に改築され、臨済宗妙心寺派の禅寺となりました。

 この寺は御柱の祭りのときには木落し、川渡りを終えた御柱が里引きまで一ヶ月間休憩するところで、この時期には大きな賑わいを見せます。

上社本宮方面から
県道を通り、高部、上社前宮を経由して安国寺に至るルートを取ることになりますが、本宮から高部間の道は大型車両が多く、歩道がないため危険です。ここは丁度諏訪市と茅野市の境界になっており、歩行者や自転車利用者等弱者のことを配慮されていない行政の姿が見られます。自転車を押してでも気をつけて通ってくださいとしか申し上げられません。
 高部手前からは山沿いの道を通って安全に前宮を経由し国道152号線杖突峠入り口の交差点(小町屋入口)まで出れます。その先安国寺までの県道は歩道がありますので、安全です。

付近案内図はこちらを参照してください。
信濃安国寺 歴史の足跡」の中の1ページ。国分寺に興味を持つ著者が中世の安国寺にも興味を持って全国の安国寺を調査。「安国寺・利生塔」にはその意義が記されている。

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