| レンタサイクル アトイーズ |
| トップ/観光総合案内/諏訪出身の著名人/おまけ情報 | ||||
![]() |
||||
| 概 要 | 「平林たい子記念館」は諏訪市中洲福島出身の女流文学者平林たい子が「郷里のために何か役に立つことをしたい」という生前の希望を実現するため、生家に近い公園の一角に建設されたもので、建築費用はたい子の遺族から諏訪市に寄贈されたお金が基になっています。建物の半分が平林たい子の展示館、残り半分が文庫室としてたい子の蔵書書庫及び会議室になっています。(たい子の蔵書はこの他、諏訪市図書館に平林たい子コーナーとして閲覧可能です)展示室には遺族からの寄贈品としてたい子愛用の文房具、林芙美子らとの書簡をはじめ、往年執筆を行っていた居間も家具・調度品とともに復元されています。 記念館前庭にある記念碑の言葉「私は生きる」は生前たい子が好んだ言葉であり、たい子の一生をよく表した言葉として文壇仲間の丹羽文雄氏が選定した言葉です。 ![]() |
|||
| 入場料 | 無料 | |||
| 開館時間 | 午前9時から午後4時まで | |||
| 休業日 | 月曜日から土曜日まで。年末・年始は休館。(開館は日曜日のみ) この記念館は中洲の住民により運営されており、日曜日しか開館していませんので、要注意です。 |
|||
| 住所 | 諏訪市中洲福島 福島温泉(共同浴場)と同じ敷地にあります。 |
|||
| 記念館へは高島城を経由し、市役所、新六斗橋から四賀赤沼交差点から入るルートをお勧めします。 上諏訪駅から約4.6Km、自転車で約30分の距離です。 記念館へは国道20号線を甲府方面に向かい、「四賀普門寺」交差点から右折するルートも考えられますが、歩道幅が狭く、交通量も多いため、お勧めのルートではありません。 湖畔からの場合は上川大橋から右岸を茅野方面に上ります。途中、歩道がなくなる地点(茅野果樹園)から堤防下の道を新六斗橋まで自転車で通ることができます。
|
||||
| 平林たい子について | ||||
| 1905年(明治38)10月3日生−1972年(昭和47)2月17日没。女性プロレタリア作家。本名タイ。たい子は、母の反対を押し切って諏訪高女(現在の長野県諏訪二葉高等学校)を受験。主席で合格。校長の土屋文明から間接的にアララギ派の写実的手法を学び、文学に目を開かれた。 諏訪高女卒業後上京し、堺利彦周辺の婦人団体に入会。電話交換手、店員、女給などを転々としながら社会主義、アナーキズムに接近、検挙されたり、国外を放浪したこともあった。 昭和2年大坂新聞の懸賞小説に「喪章を売る」のちに「嘲る」と改題した小説が当選し作家として認められた。 「私は生きる」など逆境を生きがいとする強烈な個性的作風で数多くの作品を残し、戦後を代表する女流作家の一人となっている。 |
||||
| (1)「こういう女」 第一回女流文学賞受賞作品 (2)「鬼子母神」・「砂漠の花」 (3)「秘密」 昭和43年度女流文学賞 |
||||
| 諏訪市のホームページ | 記念館の地図、経歴などが掲載されている。 | |||
Copyright © 2004 Akira Komatsu All rights reserved.