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頼岳寺

頼岳寺本堂

少林山頼岳寺
頼岳寺は福井の永平寺、神奈川の総持寺を本山とする曹洞宗(禅宗)に属する寺で、江戸時代初期の寛永8年(1631年)に開かれました。開基は高島藩初代藩主の諏訪頼水です。(諏訪氏は古代から中世まで諏訪の盟主として君臨し、江戸時代は高島藩3万石の大名でした。)
 このお寺は開創以来この地方の中心的勢力を保ち、江戸時代には寺領100石を受け、古くから修行寺として知られており、常に数十名の雲水(遍歴する修行僧)がいました。現在でも、参禅道場として座禅の修行に訪れる人が多数います。

住 所 〒391-0001 長野県 茅野市 ちの上原1753
電 話 TEL.0266-72-3027   (住職:三沢智証)
上諏訪から行く人・・・JR中央本線の山側にある道路は大門街道といいます。この道は車が1台通れる道で、若干の起伏がありますが、交通量が少ないので自転車が通行するのには適当な道と考えられます。頼岳寺は大きなお寺ですので、すぐ分かるでしょう。上諏訪駅から4.6km、25分程度。頼重院・神戸公民館から600m、3分の距離です。
茅野方面から行く人・・・オギノという大きなスーパーの裏側(山側)の道を諏訪方面に向かいます。JR中央線と平行しているこの大門街道を進むと右側に頼岳寺があります。スーパーオギノから約1km5分。(JR中央線の南側の道路は国道20号線で交通量が多いので危険です。)
どうしても国道20号線を通って行く人・・・「頼岳寺下」という交差点から山側へまっすぐJR中央線をくぐって、上がってください。正面が頼岳寺です。250m2分。
上原城周辺
頼岳寺の右側の金比羅山の中腹には諏訪信満の時代に築城された上原城があり、歴代の政満、頼満、頼隆、頼重は頼岳寺の南に居館をおいて諏訪を統治していました。
1542年、武田信玄が上原城を攻略した後も上原城に城代をおいて諏訪を治め、以後岡村(上諏訪駅の東側)に政庁が移るまで諏訪の政治経済の中心地として繁栄しました。
頼岳寺山門前杉並木 《茅野市指定文化財》
参道の杉並木はかっては幹周り3.5m、推定樹齢300年の大木が並んでいましたが、昭和9年の室戸台風及びその後の台風によって多くの木が倒れました。現在は同樹齢の木は少ないですが境内の杉並木と合わせ貴重なものです。
境内の文学碑
島木赤彦
ひとつ蝉なきやみて遠き蝉聞こゆ
  山門そとの赤松はやし
森山汀川(ていせん)
おのづから安住の地と寺山に
  鳥群がれるさまをしも言ふ
北澤敏郎
いつ見ても飽くこともなき蓼科山
  女の神の山 古里のやま
近藤雪山
鶯の雲をとどむる高音哉(たかねかな)
宮坂一眠
若竹のみど里(り)雨滴を珠と抱く
松尾芭蕉
明月や池を巡りて終夜(よもすがら)
※関連情報は頼岳寺のパンフレットを元に作成しました。

 頼岳寺 武田調略隊がいく」の中のページ。マップにもリンクしている。
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