レンタサイクル
  アトイーズ

2003年冬撮影
左上の陰は土蔵の庇です。

下諏訪の町と上諏訪の町の中間くらいの傾斜のある街並みの中に柿蔭山房(しいんさんぼう)というアララギ派歌人島木赤彦の住んでいた家があります。
 この家は江戸時代の文化文政の頃(1815〜20年前後)に建てられたもので、今では珍しい萱葺きの家です。間口は7間半、奥行き6間の母屋と土蔵からなります。寄棟に煙出し破風のついた入母屋風の茅葺屋根で煙出しの「ぐしぐら(鞍掛け)」とスレンダーな雪割小棟が美しい建物です。昭和54年にこの建物を下諏訪町が譲り受け、岡谷川岸橋原の名茅葺職人花岡勝次さんらにより新しく葺かれたもので、長さ2mの茅を二つに切り、直径20cmの束を約2000束使ったそうです。
 島木赤彦は明治31年に結婚し、久保田家の養嗣子となりました。以来この家が歌人として、教育者としての活動の拠点となりました。
 赤彦は柿の実の赤が好きだったらしく、「柿の村人」という筆名を使った時期もあり、大正8、9年頃にこの家を「柿蔭山房」と名づけたようです。
 資料出典:下諏訪町パンフレット 赤彦の家案内図
       :諏訪の歴史ある建物探訪配布資料(両角修次氏作成)
1.旧甲州街道を上諏訪方面から行く場合
先宮神社、火の見櫓、寿量院などを過ぎ、民宿中野屋手前の小路を右に入ります。


2.諏訪湖側から行く場合
国道20号線は歩道がラインだけ区画されただけの歩道で危険です。湖周道路から塩天丼の横を通って国道に出ましょう。踏切を越えてからの上りはキツイです。


ここは道が狭い、駐車場がない、国道20号線からの上りがキツイなどの理由から訪れる人もほとんどいない観光の穴場になっています。通常管理人はおらず、中には入れません。玄関横のボタンを押すと案内テープが回ります。
島木赤彦記念館 カメラ紀行信濃路編の中の1ページ
島木赤彦の足跡を訪ねて 原村にあるラディシュガーデンさんのHP。
島木赤彦の経歴などが詳しい。
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