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下諏訪は中山道の第29次の宿場町で、正しくは「下諏訪」と呼ばれていました。69ある中山道の宿場町の中で唯一温泉のある宿場町でした。また、甲州街道の終点の町であり、江戸時代初期に五街道に制定されてからは東海道のバイパスとして、諸大名の参勤交代、公家、一般人の重要な宿場町でした。
 明治維新後は宿駅制度が廃止され、また鉄道の敷設により宿場が廃れてきました。
近年は、妻籠、馬籠、奈良井宿など江戸時代の雰囲気を残す町並みを保存し、これを観光の目玉にするという運動が起こりつつあり、下諏訪宿でも同様な取り組みが行われています。
 現在でも本陣、脇本陣、御茶屋、旅籠屋などがそのままの形で、または形を変えて残っています。この一帯は観光施設の宝庫で、温泉や旅館のほか、下諏訪町歴史民俗資料館、秋宮、春宮、下馬橋、竜の口、青塚古墳、来迎寺、慈雲寺万治の石仏、水月公園、今井邦子文学館(茶屋松屋)、時の科学館「儀象堂」、諏訪湖オルゴール博物館「奏鳴館」、魁塚などがあります。
 写真は国道142号線に面した宿場町の中心地です。国道142号は軽井沢-下諏訪を結ぶ81.8kmの国道ですが、大型車両の通過が多く、この下諏訪宿周辺もやや騒々しいところ、自転車では通行しにくいところでした。しかし、2004年3月に国道20号と結ぶバイパスが完成し、通行車両は大幅に少なくなりましたので、この周辺が観光地としてますます注目を浴びる条件が整いました。

地図はこちらをご覧ください。
上諏訪から旧甲州街道を通って行く人・・
旧甲州街道は自動車がやっとすれ違うことができるくらいの広さですから通行量少なく、スピードも速くありません。ただ、結構な起伏があり、高年齢者は避けたほうがいいでしょう。若い人にはいい運動になります。
また、このルートは歴史的な建物・史跡が左右にあり、昔ながらの諏訪の風情を残しているところで、まるで原田泰治の絵のような風景が楽しめるところです。

上諏訪から湖畔を通って行く人
湖畔のさわやかな空気を吸いながら、遊歩道を下諏訪方面に向かうことができます。
途中、上諏訪の湖畔公園、諏訪湖博物館(赤彦記念館)などを経て、ジャスコ通りに出、赤砂交差点から春宮大門(大鳥居)を経由し、旧中山道から秋宮方面に向かうのが分かりやすいでしょう。

岡谷方面から向かう人
国道20号線を進むのは歩道幅が狭く、交通量が多いため危険です。
JR中央線南側の岡谷・下諏訪線(田中線)を進み、赤砂交差点から春宮に上がるルートがおすすめです。
中仙道と中山道
当初は中道という字を使っていましたが1716年、東山道(あずまやまみち=古代の律令による官道の一つ)の中筋の道という意味で中道と改められました。
中山道の起源
慶長7年(1602)、五街道(東海、中仙、甲州、日光、奥州)が江戸幕府により制定されました。中山道は江戸の板橋を起点とし、近江の守山まで六七宿ですが、草津・大津を含めて六九宿とする場合もあります。
本陣・脇本陣・旅籠
本陣とは宿場で大名が休憩・宿泊する場所で、高い格式を備えていました。脇本陣はそれに準ずる施設で、一般の家臣や庶民は旅籠屋に宿泊していました。
天保14年の資料では下諏訪宿に問屋場1軒、本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠屋40軒(大2軒、中20軒、小18軒)、また家屋数は315軒ありました。
※関連情報は下諏訪観光協会のパンフレット、「中山道信濃二六宿」(長野県文化財保護協会編)ほかを元に作成しました。

まるや 昔、脇本陣だった旅館。
信州まるごと資料館 下諏訪温泉について主な温泉を写真入りで紹介。
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