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上諏訪の湖畔公園に「ふれあいなぎさ」という遠浅になった渚があります。この10mほど沖に石像が立っていますが、これは「八重垣姫」の像です。ストーリーの通りですと、岡谷方面に向いていなければなりませんが、観光用に岸辺の方に向いてくれたようです。それにしてもふくよかな姫です。
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| 八重垣姫の話 |
浄瑠璃「本朝二十四孝」で八重垣姫のひたむきな純愛が江戸文化の爛熟した時代に一世を風靡し、全国的なブームを呼びました。
武田信玄と上杉謙信は諏訪法性の兜をめぐって険悪な間柄になっていた。この兜は信玄が諏訪明神から夢の中で授かったという、かけがえのない重宝である。これを着用するものは戦いに臨んで必ず勝つ、常に明神の使徒である八百八匹の狐が守護していて、いざというときには、たちまち神通力を現すと伝えられていた。ところがこれほどの武田の家宝を、謙信が借りたまま諏訪城にとどめてあったのである。両家の争いの発端はそこにあった。その頃、上杉家の館である諏訪城に蓑作と名乗る庭師が住み込んだが、彼こそ法性の兜を奪還しようとねらう信玄の子、勝頼であった。ある日、謙信の娘八重垣姫は蓑作から兜を盗み出して欲しいと打ち明けられたことから、彼が自分の許婚の勝頼であることを知り、恋心を燃やすのであった。やがて謙信は蓑作を武士にとりたてるのだが、それが勝頼であることに気付き、ひそかに亡きものにしようと塩尻の軍陣に使いに出し、後から追手をさし向ける。これを知った八重垣姫の驚き。なんとか先回りして勝頼に知らせたいと悲嘆にくれるあたりからが、このドラマの山場である。湖は氷って舟は出せない。女の足では追い付けない。みすみす恋しい人を殺すのか、翅が欲しい、飛んでいきたい、そして思わず床の間の兜に手をかけるのだ。すると湖上に向かってたちまち狐火が灯り、直路が開らける。こうして彼女は無事に勝頼を救い、これが縁で武田、上杉両家には和睦が成立し、二人はめでたく祝言をあげる・・・、というハッピーエンドの物語である。
「下諏訪歴史散歩」より 昭和59年4月発行 下諏訪歴史散歩刊行会 発行 |
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上諏訪駅南側の踏切を渡り、並木通りに出ます。最初の信号交差点「大手1,2」で右に曲がり、湖明館通りをまっすぐ諏訪湖方面に向かいます。
突き当たりに蒸気機関車D-51がありますが、その土手に上ると石彫公園、ふれあいなぎさがあり、初島の手前に「八重垣姫像」が湖面に浮かんでいます。
上諏訪駅から約900m、自転車で6、7分の距離です。
案内図参照 |